その日は結構混んでいて、三つのレジに列が出来ていた。
木下さんは前から三番目に並んでいた。
バイトの女の子が
「店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」と
お客さんに聞いている。
どこのハンバーガーショップでも見られる光景である。
何を食べようかと考えていた木下さん、
ふと前の方が騒がしいことに気が付いた。
一番前の男性の声が怒鳴り声になったからだ。
どうも注文した商品の一つを入れ忘れたようだ。
男性は
「何しとんねん。トロイんじゃお前。もうエエわ。」と
怒りをあらわにし、商品が入った紙袋を奪い取るようにして店を出て行った。
その後ろ姿に向かってバイトの女の子は、
「申し訳ありませんでした。すいませんでした。」と
何度も頭を下げていた。
一瞬にして店内に刺々しい空気が流れた。
二番目に並んでいたのは70歳ぐらいのおじいちゃんだった。
バイトの女の子は今にも泣きだしそうな顔だったが、無理やりつくった笑顔で、
「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりですか?」と
何もなかったかのように接客した。
おじいちゃんは静かな声で言った。
「お姉ちゃん、えらいなぁ。世の中にはさっきの人みたいに自分の思い通りにならんかったら怒鳴り散らす人が居る。あの人も急いそいどったんやろう。
あんなこと言われてあんたの心はもうズタズタのはずや。にもかかわらず次に並んどるわしに笑顔で接客してくれた。わしにはあんたぐらいの孫がおる。
あんたの顔を見てその孫を思い出した。これから連絡を取ろうと思う。
いやありがとう。あ、コーヒーを一杯。」
その言葉を聞いた途端、
堰を切ったようにバイトの女の子から涙があふれ出した。
しばらく涙が止まらなかった。
横のレジに並んでいた中年の女性が声をかけた。
「あんた本当にいいお仕事してるわよ。」
刺々しかった店の雰囲気が一瞬にして和らいだ。
言葉なんだなあと思った。
何の関係もない間柄でも、
たった一言で、
一生忘れられない人になる。
言葉には言語としてだけでではない何かすごい力があるんだと思う。
そんな言葉を発する人になりたいものである。
以上 みやざき中央新聞2012年2月13日号から抜粋
大坪
大坪